名所・史跡

○相生の歴史・沿革・概要  
明治23年(1890年)坂元村・馬宿村・黒羽村・南野村・吉田村・川股村の6ケ村が 合併して「相生村」が誕生した。  相生村の各村には小学校があったが、明治25年(1892年)に統合され、南野小学校 を相生尋常小学校とした。
昭和16年(1941年)には、相生国民学校となり、昭和22年  (1947年)には相生小学校となった。 昭和23年(1948年)には、相生中学校校舎が完成し、(それまでは相生小学校の一部 を利用していた)昭和47年に引田中学校と統合されるまで相生小学校運動場内にあった。 昭和30年(1955年)引田町・相生村・小海村が合併し、「引田町」となった。 合併により、相生村閉村式が相生小学校で行われた。 平成15年(2003年)に引田町・白鳥町・大内町の三町が合併し、「東かがわ市」が誕 生した。 平成23年(2011年)相生小学校閉校。(東かがわ市立引田小学校と統合。)

地区の見どころ

ぎゃらりー原伊

昭和28年(1953)引田町黒羽生まれの、藤井アサ氏の絵画が飾られている。
絵はシュールリアリズム(超現実主義)派で、藤井アサ氏独特のマチエールとメルヘン調の雰囲気がある絵画である。建物は普通の民家であるが、館内は来館者をあっと言わせるような素敵な空間が広がっている。

2016年3月3日

大坂峠

江戸時代から讃岐と阿波の境として重要視されている。
大坂越えと呼ばれ、源平合戦のおり、源義経がこの峠を越え屋島へ向かったとされている。
大坂峠のルートは3つある。
南海道、四国のみち(お遍路さん)、県道(旧11号線のルート)。展望台(標高210m)からは、引田を見下ろすことができ、景色は最高である。また、パラグライダー飛翔地でもある。

丁石:目的地まであと何丁という道標。大阪峠道の道標として置かれている。高さ約50㎝~55㎝。1丁(約109m)

2016年3月3日

アンモナイト

和泉砂岩地帯で見受けられる。
川股池下流での「あやめ石(コダイアマモの化石)」、坂元川上流でのアンモナイトなど多くの場所で化石が発掘されている。

アンモナイト

 

2016年3月3日