相生地区の風景写真です。
相生地区の風景写真です。
本名亀井静子。1914年(大正3年)8月25日、黒羽庄原の三谷家に生まれる。
赤ん坊の時に引田町出身の亀井音吉夫婦の養女になり、昭和2年大阪松竹楽劇部に入り、三笠静子の芸名で初舞台を踏む。
その後芸名を笠置シズ子と改め、昭和22年に歌った「東京ブギウギ」が大ヒット。”ブギの女王”と呼ばれる。昭和30年に歌手を引退し、芸名を笠置シヅ子と改めて、晩年まで芝居やテレビドラマなどで活躍した。
通称、さんのんさん。
7月最終週土曜日の山王さん夏祭り(夏の夜を盛り上げる勇壮なだんじり)奉納は文化元年(1804)からの伝統ある祭り。
船主や船頭たちが航海の安全を祈願して描いた吉川芦光氏の大変貴重な船絵馬が奉納されている。
「暴れだんじり」で、なんとも迫力があり、必見であること間違いなし。
出典:東かがわ市商工観光課
久米栄左衛門通賢(1780~1841)江戸時代終わり頃の科学技術者。
坂出塩田の開発でも有名。
幼い頃から手先が器用だったと伝えられており、19歳の時に大阪の天文学者間重富に天文暦学を学んだ。大阪からの帰郷後に高松藩から命じられて藩内の測量を行いました。
全国を計測中の伊能忠敬と行動を共にしたこともあった。また銃砲の開発にも長けており、ゼンマイを利用して着火する輪燧佩銃(りんすいはいじゅう)を開発している。
明治22年(1889)9月5日、三好貞吉、きくの次男として生まれた。
戦後初の東大総長で政治哲学者。終戦工作に尽力するなど、平和運動に貢献するとともに、生涯真理を探究した。
また、笠置シヅ子の後援会長にもなった。相生小学校の希望の庭に、志度町出身で日展無鑑査の彫塑家 渡辺弘行氏制作の胸像がある。また、大坂峠展望台には「幼くて われの越えにし大坂峠に 立ちて見さくる ふるさとの町」の歌碑がある。
参照元:Wikipedia