姿見地蔵

南海道がここから始まると言われているお地蔵さん。文化14年に建立された。(右 大阪峠  左 なると)と書かれている。

2016年2月23日 | カテゴリー :

二宮神社

鹿庭の山の神と天王の神を合祀して二宮神社という。神社内にあるクスノキは樹齢300年~400年で、県内でも良好な樹形である。神社内にある「力石」は昔、村の若者たちが力くらべをする時に使った石であると思われる。重さは40貫(150㎏)。

2016年2月23日 | カテゴリー :

杉尾神社

通称、すぎのんさん。海上安全、五穀豊穣を祈願する為設立。

それ以来この沖合を通る船がこの杉尾神社に安全を祈願すれば無事通れたが、それをしない船は動かなかった、という。

2016年2月23日 | カテゴリー :

三谷製糖

羽根さぬき本舗。文化元年の創業以来、現在8代目。
店主 三谷昌司さん。和三盆は時の将軍吉宗が糖業を奨励する中から生まれ、製法は代々受け継がれ、昔からの製法を200年間続けている。

2016年2月22日 | カテゴリー :

久米通賢

久米栄左衛門通賢(1780~1841)江戸時代終わり頃の科学技術者。
坂出塩田の開発でも有名。
幼い頃から手先が器用だったと伝えられており、19歳の時に大阪の天文学者間重富に天文暦学を学んだ。大阪からの帰郷後に高松藩から命じられて藩内の測量を行いました。
全国を計測中の伊能忠敬と行動を共にしたこともあった。また銃砲の開発にも長けており、ゼンマイを利用して着火する輪燧佩銃(りんすいはいじゅう)を開発している。

参照元:Wikipedia

海蔵院

源義経一行が馬を休めた地が馬宿。
海蔵院東海寺で休息したことから、山門は「源氏の門」山門近くの松は、「鞍かけの松」(馬から降り松の枝に鞍をかけて一休み)かたわらにある大きかった池は「馬洗いの地」(源氏の兵たちが、駆け抜けてきた馬をバシャバシャと洗った。

2016年2月22日 | カテゴリー :

西光寺

本堂前に樹齢300年余、赤松(雌)と黒松(雄)の二幹が根本で一体となった松で、相生村の名前の由来とされる大樹があったが、松喰い虫のため昭和58年に枯死。

2016年2月22日 | カテゴリー :

川西良庵

天保14年(1843)に南野村の川西良輔の長男として生まれた。
地域に根ざして活動した医師で、漢方医として活躍した。医学だけでなく、読書も欠かさず、漢詩や書画も秀でていたため、診療の合間に子供たちに読み書きを教え、多くの門弟を抱えていた。
明治19年、44歳で没した。先生の墓は門弟たちにより建てられた。もとは河西性であったが、明治5年、戸籍簿ができて川西性を称した。

2016年2月22日 | カテゴリー :

川股ダム

堤高26m、堤頂長103m、堤体積(千立方m)7、総貯水量(千立方m)272。
知る人ぞ知る、ため池ダム。あと500mで香川県の東南の県境。

2016年2月22日 | カテゴリー :

石上神社

知る人ぞ知る、マイナスイオンたっぷりのパワースポット。

2016年2月22日 | カテゴリー :